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2017.01.10
友情の碑
昨日一昨日の青森歩きの一番の目的は、
平和公園の近く、青森市中央市民センターの敷地内、

太宰治の碑“友情の碑” です。

冬支度が少し邪魔ですが、
この角度が立体感も感じます。

ここにも貴重な太宰ゆかりの碑があったのを知りませんでした。
走れメロスの一節、

“斜陽は赤い光を、樹々の葉に没し、葉も枝も燃えるばかりに輝いてゐる。日没までには、まだ間がある。私を、待ってゐる人があるのだ。少しも疑はず、静かに期待してくれてゐる人があるのだ。私は、信じられてゐる。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫びなどと氣のいい事は言つて居られぬ。
私は、信賴に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ!メロス。”
碑石の後ろには、

青森県PTA連合会が昭和55年、30周年記念事業で建立したことと、

小野正文さんの説明が刻まれています。

少し検索すると、
何よりも純粋な友情の尊さを謳歌した作品であり、作者自身の、天に轟くばかりの美談を書きたいという念願が結晶したもので、読む者を感動の世界にひき入れる力のこもったものであること、そして挫折に打ち拉がれ、失意に落ちこもうとする青少年の心に勇気を甦らせ鼓舞して、目的達成のために、これを奮い起こせる作品である
著者生前の意図を重んずるために「初版」に依拠し、原文のまま書かれている。碑石に刻む文章として、何を典拠とするかについては、太宰の妻である津島美知子夫人の助言と、小野正文の意見を求めて決定された。
とありました。
改めて太宰の偉大さと、
ここでもまた小野正文さんが登場し、前の金木小学校の校歌の貴重さを確認されます。
信賴に報いなければならぬ。 いまはただその一事だ。走れ!メロス

この言葉ですね。
正月の箱根駅伝のCMを見ていて、走れメロスから引き出されたの言葉が感動的でした。
「仲間のために一秒でも早く駆け抜けたい。
メロスはぶるんと両腕を大きく振って雨中矢の如く走り出た。
私は、これほど努力したのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。
私は、信頼に報いなければならぬ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。
走れメロス。」
そして、今朝の岩木山です。

平和公園の近く、青森市中央市民センターの敷地内、

太宰治の碑“友情の碑” です。

冬支度が少し邪魔ですが、
この角度が立体感も感じます。

ここにも貴重な太宰ゆかりの碑があったのを知りませんでした。
走れメロスの一節、

“斜陽は赤い光を、樹々の葉に没し、葉も枝も燃えるばかりに輝いてゐる。日没までには、まだ間がある。私を、待ってゐる人があるのだ。少しも疑はず、静かに期待してくれてゐる人があるのだ。私は、信じられてゐる。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫びなどと氣のいい事は言つて居られぬ。
私は、信賴に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ!メロス。”
碑石の後ろには、

青森県PTA連合会が昭和55年、30周年記念事業で建立したことと、

小野正文さんの説明が刻まれています。

少し検索すると、
何よりも純粋な友情の尊さを謳歌した作品であり、作者自身の、天に轟くばかりの美談を書きたいという念願が結晶したもので、読む者を感動の世界にひき入れる力のこもったものであること、そして挫折に打ち拉がれ、失意に落ちこもうとする青少年の心に勇気を甦らせ鼓舞して、目的達成のために、これを奮い起こせる作品である
著者生前の意図を重んずるために「初版」に依拠し、原文のまま書かれている。碑石に刻む文章として、何を典拠とするかについては、太宰の妻である津島美知子夫人の助言と、小野正文の意見を求めて決定された。
とありました。
改めて太宰の偉大さと、
ここでもまた小野正文さんが登場し、前の金木小学校の校歌の貴重さを確認されます。
信賴に報いなければならぬ。 いまはただその一事だ。走れ!メロス

この言葉ですね。
正月の箱根駅伝のCMを見ていて、走れメロスから引き出されたの言葉が感動的でした。
「仲間のために一秒でも早く駆け抜けたい。
メロスはぶるんと両腕を大きく振って雨中矢の如く走り出た。
私は、これほど努力したのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。
私は、信頼に報いなければならぬ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。
走れメロス。」
そして、今朝の岩木山です。

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