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2015.05.10
森林鉄道の軌跡を訪ね
昨年元気倶楽部の企画で訪ねた、
森林トレイルの喜良市線、その路線の先となります。
昨年ツアーの書き込み
木橋跡が喜良市線と常家戸沢線の分岐にあるとのこと。
十二本ヤスを目指しますが、
昨年同様、0.6kmほど手前から土砂災害で通行止め、
そこから歩き、もちろん十二本ヤスに寄りお参りし、

十二本ヤスの入口から1.8kmが母沢、そこから1km先の分岐点、
少しウロウロしましたが、嬉しく発見です。

現地は、車が通れるほどの砂利道二方分岐に見えますが、
その間に沢を跨ぐ様に木橋があったようです。

森林鉄道網からひろうと、

一昨年の大雨までははっきりと木橋の姿があったらしいのですが、
現在はこの様子です。

路線後の小盛も当時の形が残され、

ここから木橋が架けられてのだと予測できます。

そしてもうひとつ、
十二本ヤス手前の道路脇に残された針金のような鉄線が、
森林鉄道で使われていた電話の線だそうです。
交通表示板の上に通っていて、

結構な太さです。

必要があれば何処からでも通話機を線に繋ぎ里と通信出来たそうですが、
その仕組みは不明のようです。
そして、今日日中の岩木山です。

森林トレイルの喜良市線、その路線の先となります。
昨年ツアーの書き込み
木橋跡が喜良市線と常家戸沢線の分岐にあるとのこと。
十二本ヤスを目指しますが、
昨年同様、0.6kmほど手前から土砂災害で通行止め、
そこから歩き、もちろん十二本ヤスに寄りお参りし、

十二本ヤスの入口から1.8kmが母沢、そこから1km先の分岐点、
少しウロウロしましたが、嬉しく発見です。

現地は、車が通れるほどの砂利道二方分岐に見えますが、
その間に沢を跨ぐ様に木橋があったようです。

森林鉄道網からひろうと、

一昨年の大雨までははっきりと木橋の姿があったらしいのですが、
現在はこの様子です。

路線後の小盛も当時の形が残され、

ここから木橋が架けられてのだと予測できます。

そしてもうひとつ、
十二本ヤス手前の道路脇に残された針金のような鉄線が、
森林鉄道で使われていた電話の線だそうです。
交通表示板の上に通っていて、

結構な太さです。

必要があれば何処からでも通話機を線に繋ぎ里と通信出来たそうですが、
その仕組みは不明のようです。
そして、今日日中の岩木山です。

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