小学校統合協議会の2回目です。

今日は、校名、校章、校歌が案件となる、まあ、重要な協議会となりました。
協議会2_600

校歌と校章については金木小の現在のものを引き継ぐこととなりましたが、
校名については次回持越しとなります。

学区単位での思いは当然ありますね。
スタートを同じにしたいという意見、将来において校歌が引き継がれていくということなど思いも分かれますね。


金木小学校の校歌は残って欲しいですね。
太宰の友人である小野正文さんの作詞であり、歌の一番は太宰が小説“津軽”で描写した岩木山の姿が思い浮かぶ詞です。その後の“花々の咲きつぐところ”は太宰が津軽を旅するには六月が良いといった部分にも重なります。そして二番には“微笑”という言葉が使われています。これも太宰と係わりのある言葉で、五所川原だけでは無い全国区的な貴重な言葉ですから。

統合後のために、この学校がしっかりと地域に見守られて歴史伝統を受け継いできたという学校の象徴を変えてはいけませんね。
最も大事で大きな課題なのがその歴史伝統を守ること。つまり、金木地域の金木小学校は、著名な先輩が居る伝統校であるということを欠かしたらいけないということですね。
歴史伝統を受けつぐことが出来ない統合なら、統合後に地域住民の皆さんの学校への理解協力も薄れてしまうと思います。
今一時の都合で変えるようなものでは無いですね。変えて喜ぶのはこの協議会の実績として残ることと、今一時の公平性を保つためだけです。無くしてまでの利点は無いですね。

私たちの子供が親になり、そのまた子供たちが、その歴史をしっかり感じながら、将来100年後も地域の小学校である金木小学校の歴史伝統を引き継いでいただける学校をスタートさせるのが、我々協議会委員の務めかとも思います。

校歌はおそらく昭和の終戦後に作られたものかと、小野正文さんの作詞だあることで予測出来ます。同じ小野さんの詞の金木中学の前校歌が昭和27年。嘉瀬小学校昭和30年だそうですから。
学校の規模と過去の統合の経緯から、金木小学校の現在のものを引き継ぐことは不自然ではないでしょう。
現在の金木小学校の校歌の歌詞が統合後の学校にふさわしくない部分があるか探しても見当たりませんし。


そして、今朝岩木山は望めませんでした。
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