2008.12.06 金刀毘羅宮
我が町内というか集落にある神社は“金比羅宮”ですが、毎年今頃に「神社のお金」といって総代がお札を持って集金に来ます。今年も寒い中ご苦労様です。
金毘羅_400
神社を維持する最低限の経費が集められます。確か、以前は田んぼの反別割で集められていたようですが、最近は1000円という切りのよい金額になっているのは一律になったのかも知れません。

年間で正月と夏の宵宮がここの神社の行事で、住宅の続く通りにあるものの普段はひと気が全くありません。正月には“三十三俵”が鳥居前に飾られます。

<以前の広報記事>
金毘羅 広報3_600

<少し調べると>
津軽新田地域開発以前は五所川原以北で他に部落がなかった1645年に、2・3軒の民家があったことが文献に記録されていることから、武士の隠れ家が始まりとも言われているそうです。参考として1526年に喜良市開拓の伝承があります。
1698年に金木新田の開拓が始まり、その後独立した村になったと言われ、1727年蒔田村となる以前は“川口村”と称されています。岩木川、金木川、十川がぶつかるこの地域は、河港として栄えたようで常に3・40艘もの船が停泊していたそうで地名の由来を思わさせます。

金比羅宮は、勧請年月 不明、祭神 大物主命、祭日 十月十日、1782年に津軽藩縁故の御守札がこのお宮に奉納されてある記録が残ることから津軽領内でも“重きを置かれた神社”とも言われているそうです。
つまり、岩木川を通る木材は全て“金木川口材木御改所”の極印がないと販売出来ない制度であったことから、ここの河港は水路安全祈願のため、水の神とされる金比羅宮が置かれたということが考えられます。
金比羅宮の本殿は四国香川にあるそうです。
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