2009.10.31 新米
少し遅れながらも、我が家も自家栽培の新米が食べれるようになります。
今日近くのコンビニ前のコイン精米機で1袋30?を白米にしました。。
精米23_512
“腹白”が若干見られますがきれいに揃っています。腹白は気象が大きく関係するようですが肥料の与え方にも注意が必要かもしれません。まあ、ポツリと有る程度ですから。
精米24_512
同じ玄米の出荷米は検査で1等米でしたから、安心して子供たちに食べてもらえます。
私は焼きさんまがいちばん合うと思いますが。
2009.10.30 散策マップ2
昨日書き込んだ散策マップは、津軽鉄道サポーターズクラブが沿線エリア毎に作成したあるようです。
ホームページ でも公開していました。
地図としても親切に作られていますから、これだけ持参でも散策は充分可能だと思います。

芦野公園駅内に貼ってある大きなマップは、かなぎ元気倶楽部制作だそうです。
金木案内板15_512
先日、芦野公園から嘉瀬へ行くのに津軽鉄道を利用、駅ホームに着いたメロス号のドアが開けられ、整理券を忘れないよう親切に案内していただきました。
“トレインアテンダント”という方だそうです。

県庁ホームページはこちら

列車内で観光案内などを行う客室乗務員だそうです。列車アナウンスでの案内には修学旅行のバスガイドさんを思い出してしまいます。

嘉瀬駅に降りると無人駅の駅舎には散策案内マップが張られています。
嘉瀬駅マップ17_800
手書きのマップで、毘沙門駅まで散策したくなりますよ。
久しぶりに乗りましたが、津軽鉄道もいいなぁと感じましたね。
        
秋も深まり日中でも寒さを感じる日があります。
旧傍島家はまだまだ修復作業中ですが、“かなぎ里山大学校”として毎週のように講習が行われています。
左官、大工、畳、庭木など再生へのお手伝いで伝統技術を学べるという楽しさがあります。

建物にも、柱、板にひとつずつ番号が記されていますが、これってはがしてひとつずつ程度を調べるんですかね?
傍島家14_640

1月までいろいろな講習が予定され、木彫工もメニューで、お盆に模様を彫り込む作業だそうで、講師は湯の川の大佐賀さん。このほかにも講師を務める方が地元で職業として営んでいる方々ばかりで、“1日弟子入り”気分を楽しめられそうです。
2009.10.27 養鶏指導所
昨日の続き

芦野競馬場の跡地が県の種鶏場となったそうですが、競馬場が閉じられ昭和6年には県立金木種鶏場として運営され、3年後の昭和9年に軍の修練農場となったようです。
その種鶏場が継がれたのか、農場の隣に数年前まで県畜産試験場養鶏科(通称 養鶏指導所)として養鶏試験が行われていました。養鶏指導所では“太宰地鶏”の開発もされ、だいぶ期待されたのですが実らずに無くなってしまいました。
現在は閉鎖され近くの官舎は金木高校の教員住宅、警察官舎と共に売りに出されています。

コメント頂いたとおりで、門柱はとても立派に残されています。美晴団地もさくら団地への建て替え事業で空家となってしまい、この場所も今後どのように変わっていくのでしょう。
現在は市がその養鶏指導所の跡地を譲渡し市営住宅“さくら団地”として建設整備も続いています。


鶏つながりですが、今年春に我が家に来たあすなろ鶏がやっと卵を産み始めました。まだ手のひらに2個納まってしまう程の小さな卵ですが親鶏は順調に育っています。殻の薄青色がとてもきれいなんです。
あすなろ鶏卵21_512
2009.10.26 芦野競馬場
金木高校の正面から校舎を超え階段を登ったところにあるのが、“芦野競馬場”の門柱です。
芦野競馬場06_640
金木は小田桐産業さんの頑張りで馬肉が産物として知られていますが、昔から馬を飼っている家も多く現在でも何軒かその様子を見掛けます。

大正時代には津軽唯一の本格的な競馬場として大きな競技大会が開催されていたそうですが、昭和に入り軍により廃止され、その跡地が県の種鶏場となった後、軍の修練農場となって満州移民訓練が行われたそうです。
太宰が小説“津軽”で紹介し、高流山へ向かう途中立ち寄った場所であり、奥津軽ウオークのコースとした弘大農場が修練農場の現在の姿ですが、その競馬場跡地も農場の牧草地として現在も残されています。
門柱を入ると、現在は入居の無い市営住宅“美晴団地”があって、まっすぐに少し進む広い牧草地に競馬場跡地の面影を少し感じます。
でも、この門柱だけポツンと残され、不思議に思う人も多いかと思います。
芦野競馬場07_640
我が歩こう会は昨日から年1回の行事である県外遠征ウオークです。昨日は岩手県遠野市の“河童伝説のみち”、今日は“江刺藤原の郷”を歩いたはずです。

私は今日、黒石市の“こけしの里 足湯ウオーク”へ参加。
いつもお世話になっている黒石ウオーキングクラブが主催のイベントで今年第7回目、私は初参加です。我が会のメンバーの姿もちらほら、参加者数230人。
出発会場は黒石温湯温泉の山形公民館。
こけし館から少し離れた場所で温泉街の中。
足湯ウオーク05_512
コースは7、14、20kmの3コースで、どのコースも中野もみじ山の紅葉の中を歩くこととなります。
私は20kmコース参加。黒森山から大川原、中野もみじ山へと“黒石市ふるさと自然のみちの”を含んだ山道を歩きます。
今回はしっかりと団体歩行で、休憩の都度人員確認をする徹底ぶり、その分休憩でのもてなしも親切さを感じました。大川原の休憩所では“おもしえ学校”が開かれてます。何か「おもしれそう」な雰囲気。
足湯ウオーク_512

なんといってもこの時期の中野もみじ山は近年人気の紅葉スポット。
季節に合ったすばらしコースを満喫です。
足湯ウオーク13_512
ちょうど今日がいちばんの人出だろうとのとおり、すごい込みようでそれも楽しさのひとつ。足湯ウオーク14_512
そして虹の湖ダムを見上げながら川を渡ります。
足湯ウオーク16_512
伝承館に立ち寄り温湯温泉郷へと帰ります。
収穫前の“ふじ”りんごもとても印象的なコースでした。

振る舞いのきのこ汁には“さもだし”がしっかり入っていましたよ。
温湯共同温泉は温泉街ゆえの200円でゆっくり汗をながすことができました。
足湯ウオーク19_512
しかし黒石市は魅力があふれています。行政の力だけではあふれ出てしまうことを感じますね。
黒石ウオーキングクラブの皆さん、たいへんお世話になりました。お疲れ様です。
足湯ウオーク01_512
2009.10.24 季節の御菓子
京都の土産でいただいた紅葉と柿の和菓子。

生和菓子は子供たちがあまりすすんで食べることは無いのですが、見た目が楽しいと平気です。おいしいと言います。8個入りの箱に2個しか残っていません。
京都和菓子01_512

娘に聞くとこの他に、かぼちゃ、ゆずなどがあったそうです。

3センチほどの手のひらに隠れてしまいそうな小さな御菓子ですが、季節がしっかりと表現されて色合いがすごくきれいです。
そして美味しいんですよ。
この季節になると大気の関係か、遠くの景色もよく見えるようになります。
我が家の周辺から眺める岩木山もとても透明感のある美しさを感じます。
岩木山03_512
金木川が岩木川と合流するところにかかる“流木巻橋”という木の橋から眺める岩木山は、津軽三味線の始祖“仁太坊”が何時も眺めていた風景なはずです。
岩木山02_512
2009.10.22 さんない温泉
すっかり寒くなり、朝晩はストーブの火が欠かせなくなりました。どうも温泉が恋しくなります。

青森市内なのに硫黄の利いた温泉が“さんない温泉”です。
三内温泉14_512
先日の“あおもりツーデーマーチ”で東京会員の鈴木氏から勧められたのが“さんない温泉”です。
玄関から入り休憩所の椅子から「お帰り!」の声。え、鈴木さんじゃないですか。よっぽどここが気に入っているご様子でした。

緑がかった白く濁った硫黄臭のある温泉で、こんな市内にありがたいと感心してしまいます。利きますよ。
ゆぶねの奥に寝そべってる人も多く込んでいますが、皆さんカランを使った後は持ち込みの湯道具を下げるマナーの良さも好印象です。


2009.10.21 後生車
昨日の続き

銀杏の木の横に塀に立てかけているのが“後生車”です。
後生車09_640
太宰の小説“思い出”にも書かれ、公開中の映画“ヴィヨンの妻”の最初の場面がそのシーンです。
タケに連れられ、輪が後戻りすると地獄に落ちると言われ、太宰が何度回しても逆回転し絶望したということが書かれています。雲祥寺の入口には新しい立派な後生車が記念碑に埋められていますが、

後生車の以前の書き込みはこちら

古い後生車もいまだに回すことが出来ます。




太宰は小説“津軽”で金木から見た岩木山を、逆さにした銀杏の葉に例えて描写していますが、金木でいちばん立派な銀杏の木は何処の木だろうかと考えてみれば・・・・?
そういえば雲祥寺の銀杏も立派です。タケに連れられてよく行ったという雲祥寺の銀杏の木は、幹の大きさからすれば太宰も触れたことがあるであろう銀杏の木となります。岩木山の描写に使ったのには雲祥寺のこの木が影響されているのでしょうか。

安全に配慮してか先を詰めた様な感じで、背はそんなに高くありませんが立派な銀杏の木です。
雲祥寺銀杏08_640

県内の紅葉も見ごろが始まっているようですが、イチョウはその木によって早い遅いがあるようで、金木でも既に黄色く色付いた木もあれば、雲祥寺の銀杏はこれからのようです。