2009.05.28 まはげ山へ
最近は“馬禿山(まはげ山)”へ行って来たという話を全く聞かなくなりました。
私の母校の小学校でも、昭和20年代生まれの方は炊事遠足がこの“まはげ山”だったということです。

太宰の幾つかの小説にも出てくる“まはげ山”ですが、今現在は道が確保されているのか、当時のように原っぱが残っているのか?、知りたくなり、わざわざ行って見ることにします。
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?今回の道順?
岩見町から12本ヤスへ向かい、周囲の畑が切れると下り坂で砂利道になり、橋を渡りきったらすぐ右へ、現在は左側から川辺へ降りて橋をくぐります。が、川で道は途切れます。車はここまで。
橋下数十メートル左手斜面に、森林鉄道のトンネルが見えます。炊事遠足では、このトンネルをくぐり抜けて“まはげ山”へ行ったようです。

入口のコンクリート枠はしっかり残っていますが、中は天井が崩れて、かけた破片が粉となって下に山積みとなり、天井には木の根っこが露出していました。私以外に足跡はありません。
よし、ここを抜けると。
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行き止まりなのです。
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当時は橋が架かっていたのでしょう。川向こうにそのような形跡が見えます。

いたずらで彫ったであろう氏名は、現在70才を超えたであろう方の名も残っていました。まったく。
炊事遠足で向かった“まはげ山”への道は、もう残っていないようです。
しかし、その道は何処かにあるはずです。信じて、後日またチャレンジしましょう。