太宰治が2?6才までの間子守役をつとめた越野タケさん、その後嫁ぎ生涯を閉じた小泊村に“小説「津軽」の像記念館”があります。

小説“津軽”のクライマックスで二人が出会った小泊小学校の運動場が望める場所に平成8年に建てられたそうですが、私は初めて訪れました。
記念館は一段高いところから運動場を見下ろすように位置され、当然“小説「津軽」の像”は運動場を眺めています。
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隣の文学碑は、再会の場面が園子さんの筆によって書かれたものです。
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記念館の中に入ると追いかけて来たかの様に職員がひとり入り受付をしてくれ、「先に15分間のビデオを見ますか。」と聞かれハイと返すと奥のビデオルームに案内してくれてイスに座ることをすすめられて座ったとたんビデオが始まりました。
私の他に客は居なく、それを手慣れた感じで案内してくれます。金木の生家とは別で全く静かでした。
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?ビデオでは?
タケは「最初は太宰を他の兄弟と同じに「さん」付けで呼んだが、長くて呼びづらいので「修ちゃ」と呼んでみたら、それからみんながそのように呼ぶようになった」とか、
「本が好きで、本さえ見せておけば喜んでくれて手がかからなかった。ただ食事2膳を食べさせるのに苦労した。」など、太宰との思い出を話しています。
また、「偶然腹痛で家に帰ったのは運動会が嫌いだったことによるほぼ仮病だった」と娘節さんの証言もあって、結構面白い内容のものです。

太宰との関係を含め越野タケさんをよく知ることが出来るので、太宰の幼少の頃に少しでも関心があれば是非寄っていただきたい場所でした。

記念館入口横のブロンズ像は、左から「若き日のたけ」「幼年の修治」「青年の太宰」です。
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「平和とは、こんな気持ちの事を言ふのであらうか。もし、さうなら、私はこの時、生まれてはじめて心の平和を体験したと言つてもよい」と小説“津軽”に書かれている再会の地の記念館に満足です。
入館料200円は無駄とは感じません。