2008.06.30 市浦の靄山
今日も市浦へ行ってきました。
いつも、小泊へ行く途中気になっている三角のきれいな形の山があります。

今日、脇元の金木高校市浦分校へ行くと、三角山をふもとから見上げることが出来、地元の方に訪ねると、“靄山(もややま)”というそうです。
土盛りをしてつくった説もあり、山頂に神社があって大漁を祈願する祭りも行われているそうです。道が整備され登りやすくなったとのこと。今度歩いてみましょう。

それにしてもきれいな形をしています。日本昔話にでも出てきそうな雰囲気です。

家の子どもたちは、おにぎり山 と呼んでいましたが。

s-b2008-靄山
2008.06.29 脇元海岸
海へ
いくら天気がよくてもまだ入れるわけにはいけません。
食事して、蟹取りして遊びました。
“やどかり”、娘は初めて見たそうで貝の中を必死にのぞいていました。
s-b2008-6.28脇元海岸1 s-b2008-6.28脇元海岸2

帰りは、大沼公園。
s-b2008-6.28大沼公園 1

草が大分のびていましたよ。

s-b2008-6.28大沼公園2 s-b2008-6.28大沼公園1

そして中島で“かき氷”。
s-b2008-市浦中島

市浦を楽しんできました。
2008.06.28 芦野公園清掃
芦野公園、藤枝溜池沿岸のゴミ拾い奉仕に参加。
昨年に続き2回目とあって今年はゴミも少なかったようです。
s-b2008-6.28芦野公園清掃2

s-b2008-6.28芦野公園清掃3

芦野公園のため池、通称藤枝溜池の水はこの地域の水田に流れる大切な農業用水で、金木川から地下パイプによりこのため池へ溜められ、必要時に放水されます。
先人たちのたいへんな努力も言い伝えられており、命ある水としてきれいなままで水田にそそぎ込まれることを期待します。

s-b2008-6.28芦野公園清掃
まだありました、三味線の続き。

金木駅を外に出ると、三味線の音が聞こえます。
斜陽館へ向う道のうち駅前から数十メートルですが、7基の街路灯にスピーカーがついて三味線曲が流れています。
津軽鉄道で金木へ着いてすぐに三味線が聞ける、観光客にたいへん喜ばれているもので、駅舎の管理室で、音量、時間、曲などすべて操作出来、季節や駅前の賑わいに合わせて流してくれているものです。
s-b2008-駅前三味線2

しかし、この三味線の音が5月に入った頃から聞こえなくなっているそうです。故障によるものだそうで、管理している方たちも負担出来ずにいるそうです。
駅前商店会の頑張りに期待します。
2008.06.26 正午の時報
三味線の話が続きます。

正午の時報に三味線が流れます。
役所の行政無線放送で、4年ほど前から続いています。
この曲を弾いているのは、津軽三味線会館の生演奏の弾き手でもある福士豊加先生で、リズムのある曲になっていて、弘前市の旧岩木町とは全く違った感じを受けますので、正午に金木にいたら一度気にして聞いてみてください。
穏やかな日は地域に広く流れています。
s-b2008-行政無線
2008.06.25 仁太坊の碑2

昨日の続き

神原の仁太坊の碑のほかに、津軽三味線の碑が、芦野公園内に

2008津軽三味線発祥之地の碑6ds_400
“津軽三味線発祥之地の碑” 











2008三味線碑8ds_400

“津軽三味線之碑”







2008三味線碑9ds_400
“津軽三味線ふるさとの碑”


2008三味線碑13ds_400フロントゲートには金山焼の
“津軽の音”











そしてもうひとつ、イタコで有名な賽の河原の救世観音様隣りに“三味線塚之碑”があります。
2008三味線碑15ds_400

なぜこの場所なのか不思議に思いますが、町の名士が弾き手の霊を供養する意味もあって自費で建てたそうで、詳しくは記念碑の裏に記されています。
抜粋すると、<かって仁太坊の弟子たちは一様に、金木文化発祥の地であり聖なる霊場である賽の河原川倉地蔵大祭で芸を演じ・・・・・。由緒ある霊場に、津軽三味線に生命をかけた有名無名の坊様や弾き手の供養を願い絃魂津軽三味線塚を建立し永遠に冥福を御地蔵尊にお祈りするものである。>と記されています。まあ、この場所は市営の墓園“芦野霊園”が隣接しておりますし。

三味線之塚の画像奥手に見える墓が、1億5000万円かけたという羽柴誠三秀吉氏の巨大な墓です。

2008.06.24 仁太坊の碑
久しぶりに雨日と言えるようなまとまった雨が降りました。

雨が似合うと思う場所に“神原の橋”があります。たもとに“仁太坊”の石碑が建っています。
津軽三味線の元祖である“仁太坊”が生まれ育ち生涯を閉じた、岩木川沿いの戸数30程の集落が“神原”で、現在はつがる市を結ぶ橋“神田橋”が架かっています。
2008仁太坊碑神原1ds_320 2008仁太坊碑神原2ds_320

並んであるのは“神原の渡し”の碑で、母を幼く亡くし、川の渡し守をしていた父を激流に呑まれしまった無念の思いに、雨が似合うのかも知れません。

この集落にもうひとつ生誕150年を記念した石碑が建てられています。

2008仁太坊碑神原4ds_320

2008仁太坊碑神原5ds_600

広報掲載記事をどうぞ
津軽三味線の始祖仁太坊を知っていますか
昨日の走れメロスマラソンの疲れは、筋肉痛ぐらいで、それほど苦痛は残ってないです。
s-b2008-メロスマラソン1

出場にあたっていちばん悩んだシューズ選択は、前日になって恩師小田桐さんから借りた“サッカニー”が足にマッチしてクリア。始めて履いた“サッカニー”ですが、気に入ったので譲ってもらうことになりました。感謝。
2008メロスマラソン7s_b2008-400

レース途中の激励が良かった。津軽三味線の演奏はもちろん、立佞武多の館前でも「囃子」の応援。コース全体での沿道の声援には大分励まされました。

参加して良かったと感じます。
これをきっかけに次は“フルマラソン”でも目指そうかなと。
さあ、“走れメロスマラソン”です。
7時30分頃克雪ドームに着いた時はすでに大勢の選手が会場入りしていました。
参加者数、ハーフ男子603人、女子90人の693人がここからスタートとなります。
天気晴、北東風が強くてコース全般向かい風。
開会式には昨日の前夜祭につづき、代議士で太宰治の長女園子さんの夫である津島雄二先生がかけつけてくれました。
2008メロスマラソン1s_b2008-400 2008メロスマラソン2s_b2008-400

スタート準備。私は中程に陣取り、さすがこれだけの人だと接触に気をつかいます。
ゲストランナー千葉真子さんの元気の良い檄があり、
9時スタート。
漆川の5キロ地点 : まずまず好調。
毘沙門の中間地点 : 脚が硬くなってきましたが、タイム的にも予定内。
金木の15キロ地点 : 係りの方がラップを読み上げてくれました。1時間15分のまずまずのタイム
その先から右折して山手へ向いますが、山から駆けるように吹き込んでくる、いわいる“やませ”が体正面を押し上げるかのようにぶつかってきて、いっきにスピードダウン。踏ん張ったためか太腿に痙攣の前兆があり2、3度止まって伸ばしてあげます。先日書きこんだ“馬禿山”なんて眺める余裕などありませんでした。
斜陽館前の三味線の応援はよく聞こえていました。リズムの良い曲ですごく走りごこちが良かった。
やっとの思いでゴール。
時間、1時間56分は初チャレンジとして満足のタイム。スタート前に雑談した1時間50分はオーバーしましたが。
2008メロスマラソン3s_b2008-400 2008メロスマラソン4s_b2008-400

2008メロスマラソン5s_b2008-400

ゴールでは、地元の物産販売など多くの出店で賑わっていました。
スタート地点から、沿道はたくさんの応援で、マラソンの人気にびっくりです。みなさん有難うございました。

メロスマラソン結果s_b2008-320
“走れメロスマラソン”前夜祭に参加。
ひとりで行くのもおっくうなので、ヨシヒロを誘いました。
会場は立佞武多の館ですが、マラソンの前日受付が克雪ドームです。面倒でしたが立ち寄って、受付完了。明日はスタート時間にあわせて来ればよしです。
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前夜祭会場へ。 選手の姿より関係者の方が多いように見うけられて少し居心地悪いですが、徐々に雰囲気に慣れたら平気でしした。
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ゲストランナーの千葉真子さんも参加、17時前夜祭が始まり、祝辞、乾杯につづきアトラクションは三味線、立佞武多と盛り上がりました。
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飲食の箸封筒が、“はしいれメロス”となっていたのは大ウケ。
s-b2008-メロスマラソン前夜

たくさんの激励有難うございます。
さあ皆さん、明日は頑張れましょう。


ちょうど今日は“奥津軽虫と火まつり”の日。会場を出ると“虫おくり”の運行が立佞武多の館前を通り、“虫の昇天”の岩木川河川へと向かいます。
s-b2008-虫おくり

“走れメロスマラソン”まであと2日。
コース上の気にかけてほしい場所の 続き2。

斜陽館からは“太宰治思い出道路”を走ります。、“地獄絵の雲祥寺”と“三味線会館”をの間を抜け、右折し緩やかに坂を下りていくと右側に“太宰治思い出広場”があります。
津島園子さんと太宰会が太宰文学作品を掲示、小学生の通学路でもあることから全作品によみ仮名がつけられています。題字は津島園子さんによるもの。
表示の“憩いながら太宰作品名に触れる”といったわけにはいきませんが、チラッと気にすることを忘れずに。
太宰思い出広場3ds_b400

太宰思い出広場1ds_b640


そして今度は坂を上ると太宰が通った明治高等小学校跡 (現金木小学校)、その先を右に折れて芦野公園が目に入るとゴールとなります。
明治高等小跡ds_b400
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“走れメロスマラソン”まであと2日。
コース上の気にかけてほしい場所の 続きです。

嘉瀬の“奴橋”を渡ると嘉瀬と金木の間は田園風景となり、東には道に平行して津軽鉄道が走り、その向こうには小山が連なるぼんじゅ山脈(津軽山地)、山腹にぽつんと“はげ”た崖のある山が、太宰が“魚服記”の舞台にし、“故郷”では妻に「・・・・あれが馬禿山だ。」と車中から説明する馬禿山(まはげやま)です。
馬禿山3ピン2

マラソンコースも、金木に入る手前を右折し、津軽鉄道をくぐり、馬禿山を目標にして走ることになります。
コースも16kmと終盤のキツイところですから、この直線コースで馬禿山を望みながら走る元気があるでしょうか。
s-b2008-馬禿山2ピン


その“馬禿山”の奥に、神木“12本ヤス”と“七つ滝”があります。