また続き。

“「竜飛だ。」とN君が、変つた調子で言つた。
「ここが?」落ちついて見廻すと、鶏小舎と感じたのが、すなはち竜飛の部落なのである。”
の地がこの太宰の文学碑が建っている場所でありました。
碑文…“ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌(めいき)せよ。諸君が北に向かって歩いているとき、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこにおいて諸君の路は全く尽きるのである。”小説津軽より
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“「ええと、お酒はありますか。」、「どうぞ、ナンボでも。」と言つて微笑んだ“おかみの奥谷旅館。
御子孫の方が無償で提供し、今年春から観光案内所として無料で中を見学できます。
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太宰とN君が宿泊した部屋だそうです。太宰に関わったものがいくつか置かれています。
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“よく来たね。こちらです”と部屋を案内する表示の顔はおかみさんでしょう。
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向いの部屋に置かれた“三厩村郷土史”には太宰が訪れたことが小説“津軽”とともに書きこまれていました。
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“翌る朝、私は寝床の中で、童女のいい歌声を聞いた。翌る日は風もをさまり、部屋には朝日がさし込んでゐて、童女が表の路で手毬歌を歌つてゐるのである。私は、頭をもたげて、耳をすました。
せツせツせ
夏もちかづく
八十八夜
野にも山にも
新緑の
風に藤波
さわぐ時
私は、たまらない気持になつた。いまでも中央の人たちに蝦夷の土地と思ひ込まれて軽蔑されてゐる本州の北端で、このやうな美しい発音の爽やかな歌を聞かうとは思はなかつた。” 小説津軽より


民家の軒先を縫うようにというか道路なのか宅地なのかはっきりしない道をゆっくりと歩くと小説のその部分がふと浮かびます。ここは国道なのですが。
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有名な階段国道です。
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この国道339号の階段を登ると竜飛の灯台があり、その国道を車で一時間半ほど走ると生家斜陽館にたどり着きます。